先日、実家の物置を取り壊すことになり、手伝いに出向いた。
実家には母親と妹夫婦が住んでいる。
せまいマンション住まいの自分には考えられない程、昔の物、明らかに不要な物が、所狭しと物置に詰め込まれている。その中に貴重な物を見つけたのだ。
自分が生まれた時から、親が撮影してアルバムに整理してくれていた写真である。
なんとも懐かしい写真や、知らなかった自分の子供時代の写真など、しばらく見入ってしまったのである。
古い写真をデジタル化する方法
そんな古いアルバムを見ていたら、写真はもうかなり劣化しており、いつまで自分の過去、思い出がこの世に存在し続けることができるのかどうか、なんか不安になった。
別に後世に残らなくても問題のない写真ではあるが、なんか寂しいではないか。このままでは、この写真は劣化して見れなくなるだろうし、またアルバムをしまい込んだら、今度はいつ日の目を見れるのか定かではない。ゴミとしてまとめて捨てられてしまうかもしれない。
自分の古い写真だけでなく、自分で撮った子供たちの成長記録や、これまでの多くの思い出を、まだ多くアナログ写真やデジタル写真として保有している。子供たちが自分の歳になったら、このように自分の子供時代の写真を見て懐かしがるかもしれない。やはり、これらの写真は大事にこれからも保存され、子供たちに受け継いで行ってもらいたいものだ。
デジタル写真はちょっと不安でもある。劣化しないのだが、データとして残しても、技術の進化や変化によって、いずれは、今のデータ(jpeg)が廃れてしまって表示できるアプリがなくなってしまうのではないかと。
アナログとして劣化しない紙写真にして残すのか、デジタルで残すべきなのか、ちょっと悩むところではある。今回の場合は、すでに劣化しつつあるアナログ写真が対象なので、もうデジタル化してバックアップしておくしかないのである。
退職直後にこんな物をメルカリで入手していた。
EPSONのES-50というスキャナーだ。新古品を9000円程度で入手した。
その時は、これから増えるであろう、退職関連、税金、領収書、手続き関連の紙資料を、デジタル化して保存しておくために購入したものだ。
もちろんScanSnapなどの高級機が欲しかったが、4万円の出費をするまでの目的ではない。それほど多くはない紙の資料を、時々データ化するだけなので、ES-50で十分だと割り切った。
資料を1枚づつ挿入口に差し込むと、あとは自動で紙を吸い込みながらスキャンしてくれる。パソコンとはUSBで接続されており、普段はつなぎっぱなしだ。
スキャンしたい時に、写真右側のボタンを押すと、スリープ状態から解除されて、パソコンがスキャナーを認識する。紙を挿入口に差し込み、同じ右側のボタンを押すとスキャンが始まる。2-3秒でスキャンが完了すると、パソコンにインストールしてあるEPSONの付属ソフトが自動で立ち上がり、そこにスキャンした内容が表示される。複数枚をスキャンするときはこれを繰り返す。
アプリからは、複数のスキャンをひとつのファイルにも、別々のファイルにも保存するできる。PDFにもJPEGでも保存可能である。
数か月使用してみて、この程度の紙資料のスキャンにはこれでまったく十分である。場所もとらないし、使いたい時にすぐに使えるし、まったく問題ないのだ。
写真スキャンは結構大変
ネットを探すと、紙写真をスキャンする情報をいろいろ調べることが可能だろう。
高い品質でデジタル化するには、結構手間がかかる。
品質的には、高級なフラットヘッドスキャナで1枚1枚丁寧にスキャンするのがベストであろうが、これは手間も時間も半端ない。
商用サービスもあるので、それを利用する手もあるが、結構高額だし面倒だ。
今回は、もともと昔のすでに劣化した白黒写真がほとんどなので、品質にはそれほどこだわる必要がない。元の品質が悪かったら、高級な機材でスキャンしてもあまり意味はないだろう。
試してみると、自分的には、ES-50で十分だ。
手順はこうだ。
- アルバムから丁寧に写真をはずす。糊付けしてあるので、この作業が一番手間である。
- 1枚1枚ES-50でスキャンして、1枚ごとにJPEGファイルで保存する。アプリが自動で連番のファイル名を付けて保存してくれる。
- はずした写真を、新しいアルバムに入れて保存する。
これを10冊のアルバムに対して行い、約1000枚の写真をデジタルバックアップしたのである。
無職で暇だからできる所業である!
子供時代はまさに昭和真っただ中であった
先の記事でも書いたが、58歳になった。
故に、写真は約55~58年前、昭和36年とかだ。
どんだけ昔?と若い方は思うかもしれないが、今振り返ると、戦後の高度成長期真っただ中で、誰もがエネルギッシュに生きていた時代ではないだろうか。
文献によれば、日本の高度成長期は、1954年~1973年だそうだ。
自分が生まれる7年前から中学生まであたりだ。前回の東京オリンピックもこの時代であった。
やはり、自分の子供時代は、日本が一番活気に満ちた時代であったようだ。
こんな写真があった。
亡き父と、長生きな母と自分が家族旅行している写真だ。
車はなんだろうか? 自家用車を誰もが持てるようになった時代の初期であろう。自家用車を持てるように、皆が夢を持ち、必死に働いた時代であったと思う。その後、誰でも自家用車を持てるお金持ちの国になり、最近は1周回って逆に若者は車を持つことに興味がなくなっている時代になった。不思議なものである。
なにげない旅行スナップなのだろうが。いい写真である。60年代、日本グラフィティという感じだ。
母親の若い時の美貌にもおどろかされる。真ん中に写っている不細工な自分は、完全に父親の血を受け継いでしまったようだ(笑)。
写真を振り返ると、街の急速な変化にも驚かされる。
下は、最近の実家近くの写真だ。
50年前はこんな感じだ。ほぼ同じ場所を写したものだ。
ここは埋め立て地なので、本当に何もなかったのだ。広い歩道しかない。車も通っていない。
この時代、急激に街は発展し、その姿を変えていったのである。
収入もだんだんと増えていく。モーレツに働いた時代でもある。子供の頃には父親が家にいた記憶はほとんどない。
収入が増えていくと、娯楽もレベルアップしてくる。冬になると家族でスキー旅行などをした。電車で行ったのだが、電車の網棚にスキー板をみなフックでぶら下げていたのを思い出す。写真を見ると、スキー靴はまだ革製で紐で編み上げるタイプだ。
ストックはなんと竹製のようだ。
ダウンジャケットなんてまだもちろん無い。
この時代ぐらいから、スキー人口は段々と増えて行き、これもまた、最近では1周回って、スキー人口は激減しているようだ。
こうして振り返ると、良い時代に生きたものだ。
戦争を経験することも無くて済み、日本という国が飛躍的に成長し、新しいものが次々に生まれ、人々はその成長を誇りに思っていた時代に生きることができた。今や社会の基盤とも言えるコンピュータが商用化されたのもこの時代だ。コンピュータを支える技術は進化し、それに伴って社会システムも飛躍的に進歩を遂げた。自分の現役時代約60年が、まさにこの時代であったことはラッキーだったと思える。
子供たちや、孫の時代はどうだろうか。少し、心配してしまうのである。もしかしたら、自分の時代のツケを払わされる時代になってしまうのかもしれないと。
そんな事をいろいろ考えながら、約1000枚の古い写真をデジタル化したのである。
さて、jepgファイルにしたはよいが、パソコンに保存しておくだけでは、結局、葬り去れれてしまうかもしれない。どうしたらよいものか。googleフォトに格納しておく? しかし、子供たちが見るかもしれない数十年後にgoogleフォトが今のままあるだろうか?パスワードを忘れてしまえばおしまいだし。デジタルというのはやっぱり怖い。
心配だから、デジタル写真は紙にプリントして保存しておくことにするのだ。アルバムにして物置にでもしまっておけば、自分の死後も子供たちが見つけることができるだろう。パスワードも必要ないし安心だ。早速、デジタル写真を綺麗にプリントできる高性能プリンターを買うことにするのだ!!